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note更新しました。水洗いできる丹後ちりめんの秘密と、ニットデザイナーの仕事との関係。

私の実家のある京都、丹後は日本一の絹織物の産地です。

その丹後ちりめんで、私は3年前にシルクストールを中心にした、filtangoフィルタンゴ、というブランドを立ち上げました。

このシルクストール、特徴は、絹、シルクなのに、着物の布なのに水洗いができます。

 

 

その水洗いのノウハウ、実は私がずっと続けてきたファッション業界、アパレルのニットデザイナー という仕事に関係があるんです。

 

アパレルのデザイナーにはいくつか種類があります。

 

*布帛デザイナーは布から服をデザインするデザイナー。

*ニットデザイナー は主にセーターなど、編んである服をデザインするデザイナー。

*あとは雑貨デザイナー、こちらはバックとか靴とか小物雑貨とか。

 

そのうちほとんどの人が目指すのが布帛デザイナー、

頑張ればブランドのチーフデザイナーとしてイメージからデザイン、チームをまとめるリーダー的なデザイナーとしての道が開けるデザイナーです。

 

なのに何故、私がニットデザイナー になったかというと、

学校を卒業して入りたかった会社が、その年はニットデザイナー しか募集していなかったから、それだけ、単純です笑。

その会社は、ドイツ人のチーフデザイナーが経営者で、天然素材にこだわった丁寧なものづくりをしている、洋服とテキスタイルのデザイナーズブランドでした。

もともとファッション大好き人間ではないのは自分でもわかっていて、服を着飾るよりも、服を、何かを作る方が好きなタイプです。

華やかなキラキラのアパレル、ファッション業界っぽい会社は正直自分に合わないなと思い、とにかくニットデザイナー でよいからここで仕事したいと思って入社試験を受けて、それでニットデザイナー になったわけです。

 

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そのニットデザイナー という選択は、filtangoとして丹後ちりめんに向き合って、ものづくりをするのは運命だったのかもと思うくらい、今になって思えばいくつかの共通点がありました。

大きくはこんな感じ。

 

①ニットも丹後ちりめんも、素材、糸からのものづくり。

②機械で編む、織るところからデザイナーとして関わる。

③ニットの編み方がいろいろ、シンプルな編み方からジャガードなど複雑な模様の編み方までいろいろ。丹後ちりめんの織り方もいろいろ。

④ニットも丹後ちりめんも伸びる、伸縮性がある。

 

要は、布帛、洋服のデザイナーと違って、ニットデザイナー は服になるまでの仕事も多いのです。まず服にする前に、編みでテキスタイルを作る、という感じでしょうか。

一本の糸を見て、セーターやニットの服のデザインを想像する、というのも普通のことで、デザイナーとしても、ものづくりの工程においての守備範囲が広いんですね。

 

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そしてニットも丹後ちりめんも、伸縮性、伸びるんです。

常に伸びることを想像しながら形を作ったり、縫製を考えたりと、しっかり答えの出る数字ではなくて、感と想像力を使いながらものづくりをする、みたいなところがあります。

例えば膝くらいの丈のワンピースを作ったとして、そのまま膝丈の100cmにするのではなくて、着用して若干伸びることを考えて、ウールだったらワンピースの丈は98cm、コットンだったら重みがあるから96cmにするとか、です。

こういう、パターン通り、マニュアル通りにいかないところが、ニットと丹後ちりめんは似ているなと感じています。

 

ニットデザイナー はデザイナーという職業にしては、表立って目立つことの少ないデザイナーで、チーフデザイナーを目指すような出世の階段は基本的にはありません。

でもそんな地味なデザイナーですが、出世の階段は少なくても、ニット業界は奥深くていろんなことを経験できるということにしばらくして気がつきました。

 

 

filtangoは水洗いできるシルクのストールを中心に販売しています。

この水洗いについて。

ほとんどの方が、着物の生地を水につけて洗うなんて!

絹なのに!とびっくりされます。

この水洗いの技術、ノウハウも実は、ニットデザイナー として仕事をして習得したもの。

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大手アパレル会社に勤めていた頃、会社の新ブランドとして

商品の全てを、水洗いできるというブランドを立ち上げる、

というプロジェクトがあり、私はニットデザイナー として、そのブランドのニットを任されました。

糸を作る職人さんと話し合い、工場の技術者と話し合い、

洗っても縮むことなく歪むことなく、

色落ちすることもなく、

洗った後の見た目も綺麗な状態をキープできるような仕上げを考え、

10年以上、年間約20万枚のセーター、ニット製品を世の中に送り出しました。

 

ある時は工場から、糸が切れて編めないと連絡があったり、

ボーダーの配色を検査機関に色試験に出したら、色が滲んでしまったり、

洗濯試験に出したら、セーターが子供服みたいに縮んでしまったり、ねじれてしまったり、柄が変わってしまったりと、

商品になるまでに本当にいろんな予想外のことが起きました。

 

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生産地も日本だけではなく、中国や香港、イタリア、いろんな素材、工場、職人さん、ニットに関わるものづくりやビジネス、全てのことを経験できたような気がします。特に工場に行くのは大好きでした。

毎日毎日、世界中の糸や素材、布や洋服に囲まれる生活でした。

 

そして10年前に、生まれ育った京都、丹後で丹後ちりめんの布に出会うわけです。

 

知り合いの紹介の機屋さんで丹後ちりめんを見たとき、これ、絶対に水洗いできるようになるなって、確信しました。

ニットデザイナー でなければ、丹後ちりめんを水洗いできる商品に作り変えることはできなかったと思います。

 

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ちなみに私の実家は機屋とか丹後ちりめん関係ではまったくなく、丹後ちりめんの状況も全く知らなくて、正直、丹後ちりめんはもう過去のものだと思っていました。

初めてニットデザイナー として仕事を初めて30年あまり、まさか生まれ育った町の伝統産業である丹後ちりめんを仕事にしようとは思ってもみなかったし、

こんな風にニットの知識が丹後ちりめんのフィルタンゴ で役に立つことになろうとは、想像もしていませんでした。

 

 

ニットの仕事は形を変えながら、今でも続けています。

不思議なもので、最近はまた違った意味でビジネスの共通点もできて、双方にとって相乗効果もあるようです。何が結びついていくのか本当にわかりません。

ニットの仕事と、丹後ちりめんの仕事、

コロナの影響でニット業界もいろいろな変化がありましたが、この春からはまた、思いもよらなかった新しいニットの仕事を始めることになりました。

もちろん、filtango、水洗いできるフィルタンゴ ストールも主力で全力投球です。

少し前の時代だったら、本業に専念しろとか、早く黒字化して経営を安定させろとか普通に言われていたかもしれません。

でも実際二つの仕事をしてみると、新しい人との出会いも多くなるし、丹後ちりめんのフィルタンゴ がここまでなんとかやっていられるのは、以前からニットの仕事でお世話になっていた方々からのご縁が、とにかくとても多かった。

これからもきっとニットと丹後ちりめんの両方を仕事としてやっていくのだと思います。